手紙は検閲されていたか?(第一次世界大戦終期のハワイ移民の手紙)

By | 2017年5月12日
1918 Hawaii U.S.POSTAL CENSORSHIP 検閲結果の報告書? ブックカバー 1918 Hawaii U.S.POSTAL CENSORSHIP 検閲結果の報告書?
manuscript
The Office of Naval Intelligence (ONI)に作成されたものと推定
1918
タイプ原稿
2

(この書き込みは眉を唾でべとべとにしてから読んでください)

これはハワイの日系人から日本の家族にあてた手紙の検閲報告書とされている。

(注:個人特定につながる箇所は編集した)

送り主は日布時事の元社員だった人物、原紙では姓はフルで名をイニシャル一文字で記載。日本に残した家族が宛先になっている。宛先も名はイニシャル一文字。住所は町名、番地まで記載がある。(町名が実在するものであることは確認)

報告書にはこの人物が「メッセンジャー・サービス」の類の会社を興していることとその会社名も記載してある。

こういったドキュメントに関するものは注意して扱わなければならない。とくにebayで入手したものとなると・・・。なにしろ古そうな紙に中古のタイプライターで打ち込めばそれなりに見えてしまうのだから。

本来は紙の分析やタイプライターのメーカーの特定等、犯罪捜査なみの検定をすべきとは思う。

この計二枚のドキュメント、マニュスクリプト等専門の業者がebayに出品していたもの。1918年にハワイから日本にあてた手紙の検閲結果の報告書らしい。

検閲した部署は?

出品者はOffice of Naval Intelligence (ONI)としている。アメリカ海軍情報局は第一次大戦以降アメリカ本土の国防も担っていたとされる。

検閲されたのは日系人だけ?

違う。これ以外にも2通の同様のドキュメントが出品されており、それぞれ異なる理由で網にかかっている。

FIRST BLACK WOMAN AS RED CROSS NURSE

SUSPICIOUS WIDOW IN OCCULT- BUDDHISM

つまり人種や宗教等、様々な理由で検閲されていた可能性がある。

信頼性は?

判らない。本来こういったドキュメントは国立公文書館等の然るべき場所で管理、保管されているものと思う。ただ、上記のリンク先を見て頂くとわかるとおり、特にFirst African American Woman の手紙は出品者によって詳細にわたって調べられているのが判る。

出品者はこの手紙の送り主(仮にAとする)を特定していなかった。浅海も最近まで判らなかった。最近、アメリカの邦字新聞がディジタルアーカイブとして公開されていることを教えてもらい、日布時事紙面を中心にあたってみた。

確かに実在していた。このドキュメントにあるとおりの会社名で広告を出していた。氏名も合致する。私書箱の番号も合致する。実在の人物だ。「メッセンジャー・サービス」とあるが銀行の集金業務の代行や保険代理店もしていたらしい。1919年に証券会社として業態と社名を変えている。

なぜ検閲されたか?

出品主はAさんが元日布時事社員であったことに着目。1909年の第一次オアフ島ストライキでは日布時事、布哇報知等邦字新聞は労働者側に立ち逮捕者も出していた。邦字新聞は労働者側の待遇改善をそれ以前から訴えていたこともあり、社員が反米親日思想の持主として目をつけられていた可能性がある、としていた。

特に参考にしたと思われるのがドウス昌代著「日本の陰謀-ハワイオアフ島大ストライキの光と影-」。1920年6月に発生したヒロの坂巻銃三郎宅爆破事件を主軸にこの時期のハワイ(そして日本・アメリカ)の状況を詳しく記載している。(英訳有)

この時期、日本語学校問題にもみられる日本への疑惑がこの検閲につながった可能性がある。

検閲官の評価は?

面白いのは上記の状況にも関わらず、検閲官がAさんを「PRO-American sentiment」な日本人としていることだ。「日本で育ち教育を受けてきた者であるにも関わらず」親米的心情の持ち主としているのである。

以下、手紙の概要がまとめられている。難しくてうまく訳せないが、「世界大戦が終わろうとしているヨーロッパの状況をみても、これからはアメリカのような民衆による政治が求められている。本土から遠く離れたこの地においてもアメリカンスピリットと人々の力、いわゆる民主主義の力を感じ取っている。われわれ日本人もアメリカから多くを学ぶべきだ。」となるか。

日本語で書かれたこの手紙、翻訳した人物がいたはずだ。報告者が翻訳したのだろうか。日系人なのだろうか?。この文章、報告という域を超えて高揚していないだろうか?

皮肉っぽく見ようと思えばいくらでも見える。例えば学ぶのはアメリカ的帝国主義か、とか。ただ、この思い、つられて熱くなる。やはり浅海も「PRO-American sentiment」なのだろう。

このAさん、この後も第二次世界大戦等の歴史の大波を乗り越えただろうか。残念なことに1919年の広告を最後に日布時事の紙面からは消えている。「ハワイ日本移民史」「虹の橋 ホノルル日系青年商工会議所70年史」、そしてこの手紙の数年後に刊行された日布時事「布哇同胞発展回顧誌(1921)」にもAさんの名前を見つけることが出来なかった。

追記

文書の末尾に略称が四つ連なっている。

O.N.I はOffice of Naval Intelligence

M.I.BはMilitary Intelligence Branch (後のMilitary Intelligence Service ?)と推測する。

W.T.BとC.C.Cは判らなかった。