後藤 濶のこと

By | 2018年5月5日
後藤 濶のこと ブックカバー 後藤 濶のこと
嘉屋 文子
嘉屋 文子/渓水社
1986/12/20
ペーパーバック 
114

ハワイ島ホノカアで不幸な死を遂げた後藤 濶。この事件はハワイ日系移民史において語り継ぐべき事件であるが、まとまった書としては残されていなかった。広島で日米交流につくし、原爆体験者としても多くの功績を残された嘉屋 文子さんが義父の兄にあたる後藤 濶の事件の記録をまとめ上梓された書。

本書中にアラン・ビークマン著の記事が収められている。

本書には後藤濶の出生、ハワイに到着以降の事件の詳細が裁判記録等とともに紹介されている。また、1965年に著者が初めて墓参され66年に97回忌法要がなされたときの式次第も収められている。

本書前半にはHonolulu誌に掲載された「The Lynching of Katsu Goto」の記事とその著者、ゲイロード・クボタさんも紹介されている。Honolulu誌の記事を編んだアンソロジーに収録されているほか、いまはインターネットでも参照できる。1985年に記事が掲載されたとき、すでにもう忘れ去られようとしていた事件であった。(歴史公論誌に同じ著者の記事が翻訳掲載されている模様)

後半ではPacific Citizen誌Dec.21~28 1984.に掲載されていたというAllan Beekman著の記事が砂川万理さんにより翻訳され掲載されている。本書の半分近くを占める。浅海はこの著者による「The Strange Case of Katsu Goto」を長く探していたが、この記事が元になったのだろう。amazonで検索するとStaple Bound版というものがヒットする。表紙には本書と同じような電柱のイメージが使われている。これは犯行現場とほぼ同じ場所の光景という。(本書p.4)

読むと日本語をよく理解するBeekmanさんでしか書けない記事であったな、と感じいるものがあった。本書によれば「美久満亜蘭」さんという漢字の名前を持つという。

知らない人から頂いた新聞は、東京の知人砂川万理さんに訳してもらい、何十回も読み、どんな方かと想像していた。年配の日本人だろうかと思ってみたりした。手紙は日本語で、立派に、私の書かないような漢字を使っている。ところが中に入っている写真は白人の方、これには驚いた。この事件は、白人が犯人なのに、それを正しく取材調査して、日本人の移民の一ページを書く努力に全く頭が下がり、私こそこの事件につき書き残すべきだと思ったのであった。(本書P.8)