日米戦争中のハワイ大学でドナルド・キーンが学んだ日本現代文学

By | 2017年10月15日
日米戦争中のハワイ大学でドナルド・キーンが学んだ日本現代文学 「言葉と文学」2017年秋号掲載 ブックカバー 日米戦争中のハワイ大学でドナルド・キーンが学んだ日本現代文学 「言葉と文学」2017年秋号掲載
河路由佳
公益財団法人 日本のローマ字社
2017/10
雑誌
装幀:セントグラフィック株式会社

ドナルド・キーンさんの貴重な証言と文書(今回は上原征生さんの添削がのこるキーンさんの菊池寛の小説の感想文)から、キーンさんの日本文学への対峙と、それに向き合った上原征生さんの人間像を描き出す。

「ドナルド・キーン わたしの日本語修行」の共著者・インタビュアーである河路さんがハワイ時代のキーンさんの先生であった上原征生さんの人間像に肉薄した研究であり、今まで知られることのなかった一人の日本語文学教育者の姿を描き出すことに成功している。

上原さんはドナルド・キーンさんに文学を教授したことは公言されなかったようだ。河路さんがキーンさんから聞き出さなければ埋もれたままになっていたかもしれない。ただ、著者も指摘しているとおりキーンさんの上原先生に関する記憶は驚くほど正確だ。いつかはキーンさん自身で記述された可能性もあるが河路さんが拾い挙げなければ深く掘り下げられることはなかった。著者はキーンさんの原稿への添削、経歴記事、著作等の上原さんの情報を丹念に集め組み立てている。

この論考で立ち上がってくるのはアメリカと日本の間にあるハワイにおいて、平和を祈念しながら世界大戦への波に押し流され思い悩む人物の姿である。戦間期の若者は同様に苦悩したはずだが、対応は一様ではない。例えば日本生まれの一世とハワイ生まれの二世では当然大きな違いがあったはずである。上原さんの戦時中の仕事には米軍への協力も含まれるがそれはやはり胸に閊えるものがあったのだろう。教え子であるキーンさんのことも含め自らの経歴でそれに積極的に触れていない。

しかし、著者が指摘するように後に日本文化の良き理解者となる若者と対峙した戦時中のこの時が特別なものであったことは想像に難くない。本論考で初めて上原征生さんの人物像というジグソーパズルの枠が出来上がった。まだ、埋めるべき箇所は多いが、今後見つかるであろうピースを置いていくことはより容易になるはずだ。

本論の記載された「ことばと文字」2017年秋号には平本美穂さんの「海外の日本語-日系社会のニホンゴ-」という記事も掲載されている。ハワイ日系社会での日本語、ピジンについての論考でこちらも興味深く読ませて頂いた。(ハワイ日本文化センターや周防大島の日本ハワイ移民資料館も登場する。)