電車閑人帳

By | 2017年9月24日
電車閑人帳 ブックカバー 電車閑人帳
本田緑川
エッセイ
博文堂
1970/3/13
ハードカバー
388
吉田信二

布哇報知記者、編集長であった本田政亥(緑川)さんのコラム「閑人帳」「電車日誌」等からの集成。回想禄といえる「電車日誌を語る」(1956)に続く2冊目の著書。

本書を初めて手にしたのは確か山口県周防大島町の日本ハワイ移民資料館。当時の報道関係のエピソードが満載で、夢中になって読んだ。出来るだけコピーを取ったが時間もお金も足りず後ろ髪引かれる思いで資料館を後にした。記憶は不確かだが、資料館の本書にはカバーがあってそのイラストを吉田信二さんが担当(1)。口絵に用いられていたイラストと同じだったと思う。続いて1968年にハワイ日本人移民百年祭で総領事館にて叙勲される著者の写真が掲載されている。

本書を入手出来たことは有難かった。当時の新聞関係者は文芸活動を行っている方(例えば橋本みどりさん)の名前が頻繁に出てくるので興味ある方にはいっそう面白い書である。名前を拾っていくだけでも楽しい。

時流にそったコラムでもあるがそれをきっかけとした昔語り、身辺雑記という印象がある。克明に日記をつけていらしたようで戦前、戦中のハワイ日系社会の様子がうかがえる。

手元の書にはYUKUO UEHARA LIBRARYと印があり上原征生(ユクオ)さんの蔵書であった可能性が高い。

注意して目次をみると以下の三つの記事に鉛筆でチェックされている。

1962年「なまり言葉でも」

1959年「太田黒さんと鬼の首」

1960年「中市画展と頭かく太田黒」

「なまり言葉でも」では、日本人からハワイの一世、二世の日本語が「まずい」という声に答えるもので、まずはハワイはアメリカの一部であること、初代同胞は日本各県から来ている、しかも古くは明治からの移民者がルーツであり、それに正当な日本語を求めるのがおかしい。むしろなまり言葉であっても日本語を残す教育が重要である、としている。日本語教育に名を遺す上原征生さんにとって興味深い記事であったのだろう。

「太田黒さんと鬼の首」は九州出身で洋蘭栽培で成功したウォーレス太田黒さんが発見した漢字誤記の顛末を記す。ビショップ銀行に陳列されたビショップ氏への勲章説明の「東京」の京の字、口の部分に余計な横棒が有ることを発見、東京の役人でもとんでもない誤字をするものだと鬼の首をとった気持ちで友人である上原征生さんに話したらしい。上原さんは当時ハワイ大学の日本語課部長。まあまあとなだめて翌日に大辞典を太田黒さんに渡し、「京」の旧字であり誤りではないことを示した。「太田黒さんクローしなはったバッテン、鬼の首ゃあ、すっとんでしもうたタイ。」

「中市画展と頭かく太田黒」では再び上原さんの友人ウォーレス太田黒さんが登場。中市さんはボルケーノ・スクール(火山派)で有名な(私も好きな)ヒチコック画伯に師事した中市路周さんのこと。生活のために看板や演芸物の背景等を描いていた。しかし描きたいのは本格的な油絵。子供達が成人してからあらためて日本で絵を学習。「70の手習い」という。書き溜めた絵を「中市路周個人展覧会」として展示した。中市路周さんの作品、私もぜひ観てみたい。今のところ詳しい情報が入手できていない。邦字新聞を検索すると中市という看板屋の広告を良く目にする。住所も個展会場となる商工会館近くのベレタニア街である。興味深いのは1932年8月30日付けの布哇報知広告で「開業15周年の記念の為め・・・日本土産になる布哇風景油絵一枚進呈致します。」としている。日本のどこかに中市路周画伯の絵が眠っているかもしれない。(1929年8月4日付けの布哇報知の記事から氏名はおそらく中市勇一さん。中市路周は雅号であろうか。(2))

個展準備中の商工会館でウォーレス太田黒さんと出会い、当時の皇太子妃美智子様が太田黒さんの洋ランをご覧になったときのエピソードを回想する(3)。三笠宮様もご覧になったことを申し上げようと思ったが丁寧な日本語が出てこない。しかたなく英語で説明したがよく理解していただいたとのこと。「そつでんオドンな冷汗かいたバイと太田黒さん又も頭を掻いた。」

そういえば本田さんも熊本県出身であった。

(1)吉田伸二さんのお名前は短歌結社「潮音詩社」の同人に見ることが出来る。
ホノルル潮音詩社にみる日本人移民社会と移民の生活史 (海外移住資料館 研究紀要第7号 島田 法子著)

(2)中市勇一さんとすると同じ氏名の方が古屋翠溪著「配所転々」p298に記載されているため、本土抑留者の一人かもしれない。ただし巻末の大陸移動者一覧では中市勇市と記載されている。

(3)美智子妃が太田黒邸を訪問された際の様子が写真に残っている。
【復刻版】週刊サンケイ昭和35年 皇太子ご夫妻 渡米記念グラフ (Google Booksで閲覧できる。「大田黒 洋蘭 布哇」で検索されたい)